SHIPS MEN
CROSS TALK

カジュアル & テーラードの

デザイナーが語り合う

多少値は張ろうとも、上質で長く着られる服が欲しい。作り手の思いがこもった一着を、愛情こめて大切に着たい。そんな“いい服”を、多くの人が求めるいま。でも、“いい服”って一体なんだろう?カジュアルとテーラード、対極のバックグラウンドをもつデザイナーふたりの対談から、そんなギモンを明らかにします。

Updated 2022.10.19
  • SHIPS STANDARDデザイナー

    山田貴穂

    1983年生まれ。セレクトショップの商品企画担当を10年以上にわたって経験したのち独立。シップスには2019年に参加し、現在は2022年春夏に始動した「シップス スタンダード」の牽引役を務める。

  • ドレスクロージングデザイナー

    矢吹宗士

    1979年生まれ。銀座のテーラーでキャリアをスタートし、型紙作りや縫製技術を修得。2016年にシップスへ入社し、オリジナルのスーツやジャケットなどテーラードウェアの商品企画を手がける。

「肝心なのは『打ち込み』のよさ。

綺麗だけれど強い、

そんな素材が理想」(山田)

オーセンティックなアメリカン・カジュアルに上質さと時代性を融合させた「シップス スタンダード」と、テーラードウェアのハイグレードシリーズである「ラグジュアリーライン」。ジャンルの違いこそありますが、どちらも“いい服”を突き詰めるために生まれたオリジナルコレクションです。そこで、両ラインをデザインするおふたりに“いい服”論をたっぷり語っていただこうというのが当企画の趣旨。まず、服作りに欠かせない素材についてお話しいただきたく思います。

山田 :

ウールにしろコットンにしろ、高級素材といわれるものは繊維の一本一本が繊細で、それゆえに肌触りがしなやかだったり、美しい光沢をたたえていたりするわけですが、僕にとっては“打ち込みのよさ”も重要なポイントです。打ち込みとは糸の密度のことで、たっぷりと糸を使い、ぎっしり目を詰めて織り上げた生地を“打ち込みがいい”と表現します。太く丈夫な糸を高密度に打ち込めばゴリゴリの武骨な生地になるわけですが、繊細な高級素材をぎっしり打ち込むと、しなやかさと耐久性を兼ね備えた生地ができあがるわけです。こういう素材が僕の好みですね。

矢吹 :

私も山田さんと同意見です。テーラードの世界でいうと、イタリアの生地メーカーは概して繊細な糸を甘く織り上げることが多く、イギリス勢は比較的しっかりした糸を高密度に打ち込む傾向があります。どちらも魅力があって優劣はつけられないのですが、個人的には打ち込みのいい生地が好きですね。

山田 :

そんな打ち込みのいい生地を使って、今季のシップス スタンダードではウールのGジャン、シャツ、パンツを展開しています。“タスマニアンウール”とよばれる高級羊毛を原料にして糸を紡ぎ、それを高密度に打ち込んでサキソニーという生地に織り上げています。ハリコシと耐久性がありながらも軽く、ほのかに光沢も備えているのが特徴。普通はジャケットに使うような生地なのですが、それをあえてアメカジアイテムに採用してみたら面白いかなと。

矢吹 :

こういう使い方はテーラード畑の自分にはない発想なので、とても刺激的ですね。ちなみにどこで織られた生地ですか?

山田 :

愛知県一宮市のメーカーが手がけたものです。手間ひまをいとわず、一切ごまかしのない生地作りを貫いています。“実直”という言葉がぴったりの作り手ですね。

矢吹 :

たしかにいい風合いですね。普段テーラードジャケットなどを着ているお客様でも、これくらい高級感のあるGジャンなら手を伸ばしやすいんじゃないでしょうか。

「実直さなら日本生地、

華やぎなら海外生地。どちらが上

ということはありません」(矢吹)

ちなみにラグジュアリーラインではインポート生地を中心に採用していますよね?

矢吹 :

そうですね。たとえばスーツだと、ドーメルの「アマデウス365」で仕立てたものを毎シーズン展開しています。海外の生地メーカーが長けているのは、色柄の表現力。華やかさや艶やかさといったニュアンスですね。ラグジュアリーラインは上質さを基盤としつつ、大人のさりげない色気を醸し出せるようなウェアを理想としています。日本生地のクオリティは素晴らしいものがありますが、ラグジュアリーラインで表現したいイメージを追求していくと、インポート生地が最適という結論になりました。とはいえ先ほどお話ししたように、私もハリコシのある打ち込みのいい生地が好み。そこでドーメルに白羽の矢を立てたのです。同社はフランスのブランドですが、生産はイギリスを中心に行なっています。それゆえ、フレンチの華とブリティッシュな質実剛健さを兼備しているのです。

山田 :

日本の生地も海外の生地もそれぞれに優れたところがあって、一概にどちらがいいとはいえないんですよね。要は生地の特性を活かした服づくりをすることが大切で、生地だけ素晴らしくてもデザインや仕立てとマッチしなければ“いい服”にならない。だから我々のようなデザイナーは、いつも吟味に吟味を重ねながら素材選びを行なっているんです。

WOOL SAXONY G-JAKET

昨シーズンから展開している“セカンド”タイプのGジャンに、サキソニー生地を載せて秋冬顔にアレンジ。短すぎない着丈でバランスのとれたシルエットに設定しています。

WOOL SAXONY G-JAKET : ¥31,900(inc.tax)

DORMEUIL SLD

ドーメルの名作生地「アマデウス365」で仕立てたスーツ。名前のとおり通年着用できるウェイトに織り上げられた生地で、汎用性に優れた一着に仕上がっています。

DORMEUIL SLD : ¥110,000(inc.tax)
「歴史や機能性に裏打ちされた

“理由”のある作り込みに

惹かれます」(山田)

では続いて仕立ての話。これはカジュアルとテーラードでかなり方向性が異なるのではないでしょうか?

山田 :

そうですね。アイロンワークとかハンドステッチのように、体に沿わせるための仕立ては普通、カジュアルウェアの世界で取り入れることはありません。ただ「シップス スタンダード」では、ディテールの作り込みにかなりこだわっています。たとえばこのミリタリーパンツをご覧ください。フロントはジップフライでなくボタンフライ。しかもボタンつけはきっちり根巻き(ボタンを縫い付けたあと、下側にグルグルと糸を巻き付けて仕上げること)を行なっています。ちなみにボタンはヴィンテージの軍パンに用いられる12oのものを採用しました。自分が追求したいのは道具としての美しさで、たとえばボタンフライにしたのも、ファスナーは壊れたら自分で直せないけれど、ボタンなら取れてもつけ直せるから。デザインにしても仕立てにしても、理由のあるものが好きなんですよね。

矢吹 :

いやはや、相当なこだわりぶりですね。ではラグジュアリーラインのほうもパンツを例に挙げてお話ししましょう。実はスーツの組下でない単品パンツは今季デビューしたばかりなのですが、こちらは至るところにアイロンワークが施されています。熱を加えながら手作業で生地を少しずつ曲げ、立体的に仕上げる技法ですね。縫製を行う前のパーツ段階、そして縫い上げた後にもアイロンワークを取り入れることで、脚の形に美しく沿ったパンツになるんです。平たいところに置くと、パンツ全体がS字を描いていることに気づくはず。それだけ曲線的に仕上げられているということです。それからウエストバンドの部分も、腰周りへ立体的にフィットするようカーブさせています。すべては、はき心地のよさと美しいシルエットを実現するためです。

「型紙とファクトリーの相性こそ

“いい仕立て”を実現する要」(矢吹)
山田 :

矢吹さんはもともとテーラーの出身で、ご自身で型紙も引けるんですよね?

矢吹 :

そうですね。シップスオリジナルのスーツやドレスパンツなどは私が型紙を製作しています。もちろんこのパンツも、私が型紙を引きました。

山田 :

セレクトショップの商品企画担当が自分でパターンメイキングを行なっているという例はほかに聞いたことがないので、それがシップスのテーラードウェアにおける特色になっているといえますよね。

矢吹 :

手前味噌で恐縮です(笑)。ただ、自分で型紙を引いているからこそ、それをどうすれば理想的な形に具現化できるかのイメージも明確化できる。ラグジュアリーライン最大の特徴は、国内最高峰のファクトリーが生産していること。スーツやコートは大阪のファイブワン ファクトリー、パンツは長崎のエミネントが手がけています。実はラグジュアリーラインの立ち上げにあたり、私自身がファクトリーの選定も担当しました。シップス流テーラリングの最高峰にふさわしいイメージを型紙に描き、それを完璧に具現化できるファクトリーに生産を託す。それがラグジュアリーラインのキモなんです。もちろん、製作に入ると色々な問題が出てくる。ただクオリティには妥協できないので、ファクトリーと逐一相談をしながら工夫を凝らして、なんとか完成にこぎつけられました。ちなみに山田さんは、ファクトリーとのやりとりで苦労することはありますか?

山田 :

もちろんありますね。“この仕様はできません”と言われてしまうことも少なくない。ただ、難しそうだなと思うこともまずはお願いしてみます。ファクトリーもやりとりを重ねるうえでどんどんこちらとのチューニングが合ってきますし、そうするとできなかったことができるようになったりもしますから。シップス スタンダードの場合、シャツ、パンツ、ブルゾンなどアイテムごとに別々のファクトリーが生産を手がけていますが、それぞれ極力長い付き合いをしたいと思っています。やはりコミュニケーションはすごく大切ですからね。それが“いい服”作りに繋がっていくんです。

WOOL SAXONY SLD CHINO

ミリタリーチノをベースにしつつ、シルエットはモダンにアレンジして合わせやすさにも配慮した一本。生地は前出のGジャンと同じサキソニーで、大人の上品さが漂います。

WOOL SAXONY SLD CHINO : ¥25,960(inc.tax)

GUNCLUB CHK 2-P

今季ラグジュアリーラインに加わったドレスパンツシリーズより。チェックパンツは英国アブラハム ムーン、グレーパンツはイタリアのヴィターレ バルべリス カノニコ製の生地を採用。

GUNCLUB CHK 2-P : ¥31,900(inc.tax)
「体型をいかに美しく彩るか。

テーラードの基本理念は

流行不問です」(矢吹)

素材・仕立てと並んで洋服の良し悪しを決定づけるのがシルエット。これは時代によっても理想像が変化しますが、お二人が今、考える“いいシルエット”とはどんなものですか?

矢吹 :

テーラードの場合、ひと昔前まではピタピタのスリムフィットがもてはやされていましたが、現在はクラシックの正統的バランスに落ち着いています。つまり、適度なゆとりを保ちながら体に添い、無駄なシワやダボつきが出ないシルエットが理想。これはジャケットやパンツだけでなく、コートにもいえることです。たとえばこちらのステンカラーコートを例にご説明しましょう。羽織っていただくと、身頃にゆったりとしたドレープが生まれるのがわかると思いますが、これもただ大きく作っているわけではありません。テーラードの考え方でいくと、コートはジャケットの上に羽織るのが基本。ですので、ジャケットのラインに添わせつつゆとりを加算する方法論で設計しています。ジャケットが“芯”になるイメージですね。

山田 :

基本をきっちり守っているということですね。カジュアルの視点で見ると、あえてワンサイズ上を着ても格好よさそうに見えますけれど……

矢吹 :

もちろんそうしていただいてもいいと思います。テーラードの世界もルールがすべてではないですからね。このコートはヴィンテージなどに見られる一枚袖のラグランスリーブを採用しているので、サイズアップして着ていただいてもハマりやすいと思います。作り手は基本を守る。でもお客様の解釈は自由。そんな塩梅が今どきだと思います。カジュアルウェアの場合、シルエットに対する考え方はテーラードよりも幅広いと思いますが、シップス スタンダードではどのようにデザインしているのですか?

山田 :

“スタンダード”という名前を冠しているので、オーバーサイズやドロップショルダーのような意図的に大きくしたシルエットにはしていません。ただ、“自分は身長が何センチ、体重が何センチだからこのサイズ”という選び方ではなく、もっと自由にサイズを選んでいただけるようシルエットを工夫しています。ゆったりめに着たいときにはサイズアップしてもいいし、きちんと見せたいときにはジャストサイズを着てもいい。

矢吹 :

サイズSの人がLを着てもサマになるようシルエットを設定する……というのは、かなり難しいバランスを要求されますね。

山田 :

そうですね。なのでサンプルをとにかくいろいろな人に試着してもらって、細かいバランス調整を繰り返しました。究極的には、ワンサイズで展開しても万人にフィットするシルエットにできたらいいなと思っているんです。

「意図的なオーバーサイズより、

自然にサイズアップ

できるのが理想」(山田)

視点の違いが面白いですね。では最後にまとめとして、お二人にとっての“いい服の条件”をお聞かせいただけますか?

矢吹 :

“調和のとれた服”だと思います。たとえば生地だけ最高級のものを使っても、縫製が粗悪だったら意味がないし、いくら腕のいい職人さんが縫っても、型紙との相性が悪ければその技を活かせない。名品と称される服をよく分析してみると、型紙の線一本、ステッチひとつにまで無駄がないことに驚かされます。なので私としても、線一本にも魂を込めて作り込むことを信条にしています。そうした細かい要素の調和によって“いい服”が成り立つと思っています。

山田 :

僕にとっては“用と美”のバランスでしょうか。取ってつけたようなデザインではなく、ディテールひとつまでしっかりと意味を説明できる服を作るよう心がけています。シップス スタンダードがベースにしているアメリカン・カジュアルは、ワークやミリタリー、米国的な合理性といった様々な意味を背景に持っています。それらをしっかりと継承しながら、現代のライフスタイルにマッチするコレクションを提案していきたいと思っていますね。

WOOL SAXONY SHIRTS

アメリカの大衆的なカジュアルシャツをイメージした一着。羽織りものとしてさらりと着てもよし、インナーとしてブルゾンなどに合わせてもよしの万能ウェアです。

WOOL SAXONY SHIRTS : ¥19,910(inc.tax)

SPORTEX HERRINGBONE

ラグジュアリーラインでは初登場となるコート。ドーメルの名作生地「スポーテックス」を採用し、絶品のドレープ美を描き出します。膝下丈のクラシックなたたずまい。

SPORTEX HERRINGBONE : ¥149,600(inc.tax)
  • Photography_Yuichi Sugita
  • Text_Hiromitsu Kosone
  • Design & Development_maam.inc
  • Edit_MANUSKRIPT