
SHIPS MAG 読者の皆さん、こんにちは。『スペクテイター』編集部の青野です。
本誌の歩みを回想する連載もいよいよ大詰め。
最終回の今回は35号から最新号までを、いつものように対話形式で振り返ってみたいと思います。

特集:発酵のひみつ 2016年1月8日発行
35号は「発酵のひみつ」特集。
天然酵母パン、クラフトビール、天然酵母で醸される日本酒など、発酵食品のつくり手たちを取材した特集だ。
発酵という言葉も今ではすっかり定着した観があるけれど、発酵のメカニズムやその周辺の文化など、取材するまでは知らないことだらけだった。いったい発酵って何なのさ? ということで「ひみつ」というタイトルを付けた気がする。

特集:発酵のひみつ イラスト/相馬章宏
ともあれ発酵食品を食べてみなきゃということで、味噌や酒を取り寄せたり、実際に発酵食品をつくってみたりすることから始めてみたんだよね。手始めにヨーグルト、納豆、ザワークラウト…。
発酵食品って案外簡単に作れちゃうんだなぁと発見があったりして。

特集:発酵のひみつ 写真/阿部健 スタイリング/本間良二
発酵とは、目に見えないほど小さな菌が働くことで起こる変化のことだけど、食に対する考え方やライフスタイルに影響を与えるものでもあるということが取材を通じてわかってきた。
北米で発酵ブームを興したと言われているサンダー・キャッツの『天然発酵の世界』(築地書館)という本が参考になったね。

特集:コペ転 2016年6月1日発行
36号は「コペ転」特集。我ながら珍妙なタイトルを付けたものだ。
天動説と地動説というのを聞いたことがあるだろう。地球は宇宙の中心で静止していて、その周りを太陽や天体が動いていると考えられていた(天動説)わけだけど、実は地球は太陽を中心に公転しているという説(地動説)を、ポーランドの天文学者コペルニクスが16世紀に唱えて世の中の常識がひっくりかえった。
それで「これまでの常識をひっくり返すできごと」が「コペルニクス的転回」と言われるようになったわけだね。略して「コペ転」。

特集:WORKING!! 再考・就職しないで生きるには?
これに乗じて本号では、あることをきっかけに人生が「コペ転」した7人のライフストーリーを集めてみることにした。街頭のリンゴ売り、イスラム教徒に改宗したカレー屋店主、直取引にこだわる個人書店主などなど。
「コペ転」の精神に倣って本誌の編集方針も今号に限ってはガラっと変えて、写真などを使わずにほぼ全編を活字だけで構成してみたわけだ。

特集:コペ転 題字/武藤良子
人生はなかなか計画通りには進まない。だからこそ面白いんだということが本特集を通じて伝えられていたらいいんだけど。
「北山耕平」は、主に70年代から80年代にかけて、『宝島』、『POPEYE』、『写楽』、『Be-Pal』など多くの若者雜誌の創刊に関わられた敏腕編集者。その仕事ぶりには僕らも雜誌づくりをするうえで大いに影響を受けた。

特集:北山耕平 2016年10月7日発行
37号は、そんな北山さんが過去の雜誌に寄稿した原稿を集めたアンソロジー的な特集だ。
都会に暮らす若者の精神性について書かれた「シティボーイ論」、ネイティヴアメリカンの教えを説いた論文など、いずれも多くの示唆に富むものばかり。大人たちによる欺瞞に溢れた社会にメスを入れるような強いメッセージと瑞々しさに溢れた筆致は、いま読んでも全く古さが感じられない。
若者文化やカウンターカルチャーを牽引されてきた北山さんの足跡をたどる旅は、日本におけるカウンターカルチャーの歴史を辿る旅でもあると言っても過言ではない。

特集:北山耕平 写真/伊藤和馬

特集:北山耕平 写真/伊藤和馬

特集:赤塚不二夫 2017年1月31日発行
38号は「赤塚不二夫」の創作の舞台裏に迫った特集。
「天才バカボン」、「おそ松くん」、「もーれつア太郎」などの代表作で知られる天才漫画家・赤塚不二夫を知らない人はいないだろう。
生涯を通じて6万枚もの漫画原稿を残されたというから驚きだ。
そんな赤塚先生を中心とした漫画創作集団フジオ・プロが、どんなふうにして漫画を量産していたか。創作の舞台裏を当時のアシスタントたちの証言を通じて明らかにした特集だ。
笑いを提供するギャグ漫画だけど、それを毎週量産するには艱難辛苦の連続だったことが取材を通じて知ることができた。
おかげで赤塚漫画の読み方も変わった気がするなぁ。

特集:赤塚不二夫 イラスト/顔画工房

特集:赤塚不二夫

特集:パンクマガジン『Jam』の神話 2017年5月31日発行
赤塚不二夫は知っていても、79年に発刊されていた『JAM』という雜誌のことを知る人は多くないだろう。
自動販売機でしか買うことのできなかった、マイナーなメディアだからね。
高杉弾、隅田川乱一、八木眞一郎らが編集で関わっていた自販機本。その内容はというと…。
ヌードグラビアが載っている成人向け娯楽雜誌、いわゆるエロ本なんだけど、エロを隠れ蓑に真ん中のモノクロページにハチャメチャな原稿が掲載されていたんだ。

特集:パンクマガジン『Jam』の神話
実在しない本の書評とか、芸能人のゴミ漁りレポートとか、パンクバンドのライブレポートなど…。
いわば社会にとっては毒ともいえる内容ばかり。けれど、その毒こそが新しいカルチャーを生み出す原動力でもあるということを伝えたくて、この特集を組んだんだよね。

特集:パンクマガジン『Jam』の神話
ページからほとばしるエッセンスをダイレクトに感じてもらうために、『JAM』全11冊から面白いページを「よりぬき」して転載した。

特集:カレー・カルチャー 2017年10月5日発行
40号目は「カレー・カルチャー」。
スペクテイターが、なぜカレー特集? という声も寄せられたけど、一般的なグルメ雑誌のように「カレーの美味しい店」とか「カレーのつくりかた」を紹介してもツマラナイ。
そこで、個性派カレー店の店主に「なぜ、カレー屋を始めたんですか?」「カレーの面白さって何ですか?」と聞いて回ってみることにしたんだね。

特集:カレー・カルチャー
店主自らが狩りで仕留めたイノシシの肉のカレーを出す店とか、妄想カレーという名のもとにオリジナルな味のカレーを供する店、「混ぜるな危険!」と謳うスパイスカレーの店など、個性派カレー店の味には店主の生き方がスパイスのように効いているんだな、と。

特集:カレー・カルチャー イラスト/清本一毅
スパイスカレーがブームの大阪で開催されたカレー試食イベント、なぜかカレーが県民食のようになってる?と囁かれる富山県のカレー事情をめぐるレポートも掲載。カレーは単なる食べ物ではなく、文化を生み出すモトにもなっているということでカレー・カルチャーというタイトルをつけた。

特集:つげ義春 2018年2月20日発行
41号は「つげ義春」特集号。
映画化もされた「ねじ式」「無能の人」などの作品で知られる偉大な漫画家だね。
シュール、不条理などの言葉で形容されることが多いけど、単なる娯楽漫画という枠を超えた独特な味わいが、つげ作品には感じられる。
先ごろフランスで開かれた「第47回アングレーム国際漫画祭」で特別栄誉賞を受賞されて「漫画界のゴダール」と紹介されたらしいけど、独自の世界観で新たな表現世界を切り開いてきた、日本が誇る芸術家と言っても過言ではない。
あっというまに売切れた人気の号でもあるね。
往年のファンから若い読者まで、「つげ作品」が幅広い層に愛されていることが、よくわかった。

特集:つげ義春 画/つげ義春

特集:つげ義春

特集:新しい食堂 2018年8月31日発行
42号「新しい食堂」はカレー特集の続編とも言える、食にまつわる特集だ。
「新しい」といっても新規開店した食堂というわけじゃないんだな。昔ながらの食堂のスピリットを引き継ぎつつ現代のニーズにもマッチする味とサービスを提供している食堂。それを「新しい食堂」と呼ぶことにしたんだね。
食堂には「うまい、安い、早い」が求められるけど、それだけじゃないだろう。お腹だけじゃなく心も満たしてくれる愛すべき食堂が必要なんだ、と。

特集:新しい食堂
そんな考えから、本当に良いと思える食堂の店主4人にロングインタビューをして、食にまつわる考えや、いまこの時代に大衆食堂を運営することの意義などについて、じっくり話を聞いた。
大衆食堂についての著書も多いエンテツこと遠藤哲夫氏による食堂をめぐる考察が味わい深かった。「普段の普通の生活のめしは、自分の生活のデザインの基準になるものだ」と。

特集:新しい食堂 写真/安彦幸枝
たかが食堂、されど食堂という感じだったね。いまや絶滅しつつあるけれど人間味にあふれた食堂が増えるといいなと、そんな思いを込めて編集した号だね。
本誌デザイナーが表紙に描いた割り箸の絵が「シブい!」と評判だった。

特集:わび・さび 2019年2月4日発行
シブいといえば「わび・さび」特集も今までになくシブい号になった。
「シブい」もそうだけど、普段何気なく使っているけどイマイチ意味がわからない言葉って案外あるよね。そこで、「詫び」と「寂び」という日本語の意味を改めて考えてみようということで、千利休の時代にまで遡って、本質に迫ってみようと考えたんだ。
特集をつくるきっかけになったのが、北米在住の作家/編集者のレナード・コレンが書いた「Wabi - Sabi わびさびを読み解く」(ビー・エヌ・エヌ 新社)だった。

特集:わび・さび イラスト/東陽片岡
Wabi - SabiもSUSHIとかKAWAIIと同じように、もはや英語化された国際的な概念なんだな、と。その真意を著者に説明してもらおうとサンフランシスコ郊外のレナードを訪ねたんだよね。
英語という言語の構造のおかげかもしれないけど、日本語では定義しづらい言葉の曖昧なところを「不完全で、はかなく、未完成のものが織りなす美である」とかズバっと言い切ってくれたからありがたかった。

特集:わび・さび
昨年(2019年)は創刊20年目の節目ということもあり、自分たちが影響を受けてきた文化の成り立ちを学び直す特集を組もうということになったんだよね。

特集:ヒッピーの教科書 2019年7月8日発行
44号「ヒッピーの教科書」、45号「日本のヒッピーカルチャー」と連続して、ヒッピーカルチャーの歴史を紐解く特集を組んだ。
僕らはヒッピー世代ではないけれど、ヒッピーと呼ばれた人たちが後の世に影響を与えた考え方には大いに影響を受けていると自負している。
そこで、まずはビート・ジェネレーションの出現からヒッピー文化が現代に与えた影響までを文献をもとに年代を追って振り返ったのが44号「ヒッピーの教科書」。

特集:ヒッピーの教科書

特集:ヒッピーの教科書 イラスト/関根美有

特集:日本のヒッピー・ムーヴメント 2019年11月29日発行
つづいて、日本のヒッピー文化はどのようにして始まり深化を遂げたのか。当時を知る人への取材を通じて詳らかにしたのが45号。
72年に鹿児島県諏訪之瀬島へ移住した詩人の長沢哲夫、77年に西荻窪にオープンした女性だけで運営されていたレストラン「たべものや」メンバーの川内たみ、72年に創刊されたオルタナティブライフの情報誌「名前のない新聞」発行人のあぱっちが語ってくれた、当時の若者たちの奮闘ぶりには心を打たれた。

特集:日本のヒッピー・ムーヴメント

特集:日本のヒッピー・ムーヴメント イラスト/関根美有
というわけで、本誌の創刊から45号目までを駆け足で辿る旅もこれでひとまず終わりとなるわけだけど。
長いようだけど、あっという間だったね。
20年のあいだにメディアの主役は紙からインターネットへと移り変わり、同時に社会の常識とか正しさの基準も変わっていった。
インターネットによってコンテンツが国境を超えて自由に行き来できる社会になると、異国の生活習慣や宗教上のタブーに触れないようにと単純化されたコンテンツが増える可能性があると言われているよね。
AIによって最適化された答えが自動的に導かれ、それだけが正しいという論調も増えている気もする。
「良いこと」と「悪いこと」、「必要なこと」と「不要なこと」というように、なんでも単純に二分されるような社会にはなってほしくないなぁ。
そんな社会は窮屈で住みにくいからね。
「オルタナティブライフ」という特集を掲げた弊誌としては、中間や端っこのほうにある個人のモヤモヤした思いも大事に拾い集めながら、これからも旅を続けていけたらと思っている。
これからもスペクテイターを、どうぞよろしく。これまでご愛読いただき、ありがとうございました!













特集:発酵のひみつ
2016年1月8日発行/B5版変型(H242*W182)/192ページ/定価952円(税別)
日本人の暮らしに欠かせない発酵食品の歴史、文化、生産者の哲学、カルチャーに焦点をあてた、グルメ雜誌とは「ひと味ちがう」発酵特集。
「発酵デザイナー小倉ヒラクの案内する発酵世界のあるきかた」、「田舎のパン屋と経済」、「世界一ちいさなビール工場〈ヨロッコビール〉吉瀬明生」、「人類皆菌類!〈パラダイス・アレイ〉勝見淳平」取材/編集部、「海賊のパン屋さん〈Pirate Utopia〉川邉雄 & TARA」取材・文/ハーポB、「HAKKO A LA CARTE」スタイリング/本間良二・カメラ/阿部健、「自然酒と発酵ムーブメント〈寺田本家〉寺田優 & 神澤則生」取材・文/尹美恵、「漫画ドブロク物語」漫画/菅野修、「ニューヨークの発酵食ムーブメント」取材・文/金田トメ善裕、「バンクーバーの発酵食ムーブメント」取材・文/太田明日香、他。

発売/2019年11月29日
特集:日本のヒッピー・ムーヴメント
◆まんが版 日本のヒッピー・ムーヴメント
作画+原作/関根美有+赤田祐一(編集部)
第1章 Early Days
第2章 Bum Academy
第3章 The Tribes
第4章 Shinjuku 1967
第5章 Commune
第6章 Alternative Media
第7章 Then and Now
◆川内たみさんに聞く「たべものや」ができるまで
◆あぱっち氏に聞く 新聞・部族・ヒッピー
◆部族の聖地 スワノセ・レポート「詩人・長沢哲夫との対話」取材・文・撮影/マエバラトモヒコ
◆コミューンは僕らの学校だった 文/神崎夢現
◆キャプテン・トリップ・レコード代表 松谷 健氏に聞く 日本のヒッピー・ミュージック
◆消えた人気漫画家・井上英沖──元・担当編集者・鈴木清澄氏に聞く
◆Who's Who 日本のヒッピー 関連人名辞典
◆ヒッピー・ムーヴメント年表
◆ヒッピー用語の基礎知識
◇連載 はみだし偉人伝 その2「スーパーエディター、秋山道男氏を偲んで」文/美濃 修

1967年生まれ。エディトリアル・デパートメント代表。大学卒業後2年間の会社勤務を経て、学生時代から制作に関わっていたカルチャー・マガジン『Bar-f-Out!』の専属スタッフ。1999年、『スペクテイター』を創刊。2000年、新会社を設立、同誌の編集・発行人となる。2011年から活動の拠点を長野市へ移し、出版編集活動を継続中。